東京地方裁判所 平成10年(ワ)884号 判決 2000年8月29日
原告 A野太郎
右訴訟代理人弁護士 岩田宗之
被告 F製薬株式会社
右代表者代表取締役 B山春夫
右訴訟代理人弁護士 奥毅
同 松崎正躬
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成九年一月から判決確定に至るまで、毎月末日限り、金七三万三五〇〇円を支払え。
三 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)行為があったことを理由とする解雇が無効・違法であるとして、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認と、賃金及び慰謝料の支払を請求している事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、医薬品並びに医療用具の製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。
2 原告は、昭和五七年四月一日被告に雇用されて薬理研究所(「新薬開発センター」と呼ばれていた時期もある。)に配属され、平成三年三月一日から本社第二臨床開発部臨床開発担当課長、平成五年三月一日から臨床開発推進部開発推進担当課長(名古屋在勤)、平成六年三月一日から同部名古屋地域担当マネージャーを経て、平成八年四月一日からは本社データマネジメント室長の地位にあった者である。
3 被告は、原告に対し、平成八年一一月二三日原告に到達した書面で、就業規則六二条一項三号及び九号により同月二五日付けで通常解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
4 被告の就業規則六二条一項は次のとおり規定している。
会社は、社員が次の各号の一に該当する場合には、社員を解雇する。
三号 不適格解雇:職務の遂行に必要な能力が著しく劣る、又は業務に必要な適格性を欠くと会社が判断した場合。
九号 その他の解雇:その他前各号に準ずる事由があると会社が認めた場合。
二 争点
1 解雇事由の存否
2 本件解雇の有効性・適法性
三 被告の主張
1 解雇事由の存在
(一) 具体的セクハラ行為
(1) A子に対するもの
A子は一度、原告から職場で近くに人がいないという状況のときに「デートしよう。」と言われた。これに対してA子は、敢えて遠くの同僚にも聞こえるような大声で「それは業務命令ですか。何で私が室長とデートしなければいけないのですか。」と反論した。
(2) B子に対するもの
B子は、平成八年一月から株式会社パソナソフトバンクから派遣されている派遣社員であったが、原告は勤務時間中、特に業務上の必要もないのにB子の席の周りをウロウロし、その都度、一緒に食事に行かないかと密かに誘った。その後、同年八月ころ、B子の社内電子メールのアドレスが原告のパソコンに残ってしまったことから、原告のB子への電子メールを使っての接触が頻繁かつ執拗に行われるという状況になった。原告が送った電子メールには、「今すぐにでも貴方を抱きたい。すごいことを書いてしまいましたが、本音。好きだから。」などというものもあった。
B子には当時婚約者があり、このような原告の頻繁かつ執拗なセクハラに対して強い不快感を抱き、許し難いと考えていた。一方、B子は派遣社員としての立場にあったので、派遣元の営業担当者に対しその対応方を相談したが、「適当にかわしなさい。」と言われる程度にとどまったので、嫌々ながら電子メールでのやり取りに応ぜざるを得なかった。そして、執拗なデートの誘いを断りきれなくなった場合には、事前に婚約者と打ち合わせをしたうえで、原告と一緒にいる時間をできるだけ短くしたり、あらかじめ婚約者と打ち合わせて自分を待っていてくれる場所近くにレストランを決めたり、原告の「今から私の家に来ないか(原告は単身赴任中であった)。」との誘いに対しては、何かと口実を見つけてこれを避けるなど、大変な苦労を重ねていた。
(3) C子に対するもの
ア 原告は平成三年三月、本社第二臨床開発部に異動になった直後から、部署の異なる第三臨床開発部のC子に対し、席に来て何回となく執拗にデートに誘うなどのことがあったが、平成五年三月に原告が名古屋に転勤になった後、C子が一度だけ名古屋に出張する機会があったところ、「名古屋を案内してあげる。」「一緒に食事に行こう。」等としつこく誘った。C子はその都度これらを拒んできたのであるが、平成八年四月、原告がC子の直属の上司として赴任してきた以後は、原告の誘いは前にも増して執拗かつ露骨になってきた。C子は、そのような原告の言動や好奇心に満ちた視線に耐え難いほどの不快感を募らせていた。
イ 原告は、夏になりC子の身体の線が出るような服装になると、C子の正面で空中にC子の身体をなぞるようなしぐさ(胸は広く、胴はすぼめて、腰は広げるような恰好)をしつつ「グラマー」と小声で言ったりした。
ウ 平成八年九月、原告は業務上の必要性もないのに特定の部下を自席に呼んで一対一の面接を行った。その際、原告は、C子に対しては特に業務上の問題に触れることもなく、突然「僕は六年半越しでアプローチしているのに君は全然相手にしてくれないね。」と申し向け、更にC子に対し、「皆に(同じことを)言っていると思っているんでしょう?」と言い、C子が「そうじゃないんですか?」と言い返すと、原告は誰も聞いていないことを確かめるように辺りを見渡したうえで、低い声で「違う、君だけに言っているんだ。」と言った。原告の日頃の言動から不快感を募らせていたC子は、ぞっとするなどの不快感に襲われたが、我慢して約一時間に及ぶ面接に耐えた。
エ そのほかにも原告は、出張に出る際、C子に対し、「一週間会えなくて寂しいけど……」などと、なれなれしい言葉を申し向け、C子を一層苦しめた。
(4) D子に対するもの
ア D子は、平成八年四月から原告の部下となった。といっても、業務上の指示はグループリーダーの大石から受けていたのであって、原告から指示が出ることはなかった。
D子は、原告の赴任前から女性に関するよくない噂を多く聞いており、データマネジメント室所属の他の女性からも、決して原告と二人だけにならないようにと警告されていたが、原告は、業務上は直接D子と接触しなければならない関係がないにもかかわらず、周りに人がいないのを見計らうようにD子に近づき、周りに聞こえないような小さな声で食事やお茶に数回にわたり誘った。D子は、その都度理由を考えてはこれを断り続けてきた。
イ この中でもとりわけD子にとってつらかったのは、平成八年七月中旬の午後八時ころの原告のセクハラ行為であった。
そのときD子は席のそばの作業台付近の本棚のところでVAXシステムのマニュアルを調べていた。その付近のシステムグループの者は全員席を外しており、運悪くD子は原告と二人きりになる状況になってしまった。案の定、原告はD子に近づき、「いつも食事はどうしているんですか。」と尋ねてきた。D子としては、なるべく二人きりにならないように気をつけていたにもかかわらず、はからずもそのようなシチュエーションになってしまったということで非常に動揺していたところではあったものの、「なるべく自分の家で作るようにしているんですが、たまにコンビニになってしまうことがあります。」とどうにか答えた。すると原告は追い打ちをかけるように、「よかったら食事に行きませんか。」と誘ってきた。ひどく動揺していたD子は、何と言って断ればいいのだろうと思い悩みながら、「今ちょっと今日中にやらなきゃいけない仕事があるので。」と断ったところ、原告は、何の仕事をしているのか、どのくらい時間がかかるのかと数回尋ねたうえで、「待っているから。」と言って自席に戻った。それ以後、D子はただひたすらどうやったら諦めてくれるのだろうかと頭を悩ますばかりで、全く仕事にならない状況であった。原告は、何をやっているのか、そんなものやめて帰ろうよと何度も言って、最終的にやっと諦めた。
ウ このほかにも原告はD子に対し、仕事の進行状況を確認する様子で近づき、D子の進行状況の説明を聞く様子もなく、突然何の脈略もなく、「ところで、お茶でも飲みに行きませんか。」と誘った。D子は、原告のこの仕事にかこつけての誘いに神経を使いストレスを感じていた。
エ また、ジプラシドン(精神病の薬剤)の研究会が都内のホテルで開催された際、原告はその必要性が全く存在しないにもかかわらず、不自然にもD子に対し、「一緒に行こう。」と誘った。D子は、当該研究会への参加者は同じ部署のみならず他の部署からも多く、何故ひとりD子が誘われ、原告と一緒に行かなければならないのかと奇異に感じるとともに、困惑し、同じデータマネジメント室の同僚女性に事情を説明のうえ、同行を要請した。
オ 更に、平成八年九月中旬ころ、D子が原告に書類の決裁印を貰いに原告席に行った際、原告はD子に対し、「ごくろうさま。食事に行く約束待っててね。二人でデートしようね。」と申し向けた。これに対してD子は、前記イの誘いから二か月も経過しており、「ほとぼりはさめたかな。」と思っていたので、「あれ一回で終わりじゃなかったのか、まだ続いているんだ。まだ忘れていないんだ。どうしよう。」と困惑し、返答に窮していたところ、原告は急に恐い顔(表情)をして、「君は嫌かもしれないけどね。」と追い打ちをかけるように発言した。このためD子は非常な苦痛を感じた。
(5) E子に対するもの
ア E子は、平成六年九月からデータマネジメント室に所属していたところ、平成八年四月、原告が直属の上司として赴任してきた。以来、何回も原告に「二人で食事に行こう。」と誘われた。E子はその都度断っていたが、原告の強引な態度に不愉快さを禁じ得なかった。
イ E子には、当時名古屋に恋人(同人も名古屋地域担当マネージャー時代の原告の部下であった。)がいたのであるが、原告はそのことを知っており、度々E子に対して、職場で、「昨日は(恋人に)会っていただろう。燃えたのか?」などと職場の上司にあるまじき嫌がらせ的な性的発言を繰り返した。E子は、原告のあたかも二人の秘密は何でも分かっているんだと言わんばかりの個人のプライバシーにまで踏み込んでくる態度に、原告の人間性まで疑った。更に、E子が平成八年九月末日付けの退職届を原告に提出した際にまで、「食事に行こう。」と密かに誘い、これを断っても、「辞めた後でもいいよ。」と行ってその誘いはまことに執拗を極めた。
ウ また、平成八年五月に鹿児島で化学療法学会が開催された際、E子は原告から「自分と一緒に出張するように。」と言われ、更に「二人で宿をとろうよ。」とも言われた。原告のこの言辞は、部下の女性を単に性的関心の対象としてのみとらえたものであって、原告のその動機を察知したE子はこれを固辞し、原告は一人で鹿児島に行くことになった。
(6) F子に対するもの
F子は、平成八年九月下旬、アメリカ(コネチカット州)のグロトンにある親会社の中央研究所へ単身出張するよう命令された。ところが、原告が「自分も同行するよ。」と言い出し、F子がその理由を原告に尋ねたところ、「私に特に用事はない。遊びだよ。金髪を見に行くんだ。」などと答え、F子に対し、「常務は出張中だから今のうちに早く日程をアレンジしておくように。」と指示した。F子は、原告に関しては社内に女性にまつわる噂があり、女性社員が原告と二人きりになってはいけないと周囲からも言われていたので、原告のこのような突然の申し出に困惑しきってしまった。そこでF子は、システム担当の同僚社員の比米亨に対し、「二人きりでの出張は絶対嫌ですよ。」などと窮状を訴えた。その結果、以上のことが研究開発部門を統括するドゥーガン常務の耳に入り、結局、F子の単身出張で決着した。
(7) その他のセクハラ的言動
原告の部下であった丸山社員は、平成八年六月ころ、データマネジメント室所属の同僚、男女一〇人くらいで飲みに行った。その際、上司のことが話題になり、ある女性社員の、「新薬開発センター時代にA野室長のセクハラが原因で二人辞めた。」という話が端緒になり、女性社員からは、「A野室長はすぐに女性のお尻を触る。」とか、「女性社員はA野室長と二人だけになってはいけない。日頃から注意しよう。」等の発言がしきりになされた。また、長谷川社員は、原告から、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」と言われたと述べた。長谷川は、昇格するのに微妙な年齢でもあり、当時自分の属する統計解析部門のリーダーが一歳年下ということもあって、「非常に不愉快な思いをした。」と、屈辱と悔しさを表していた。
その後、丸山社員自身も原告から「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介しろ。」と何度も唆されたが、日頃の原告の言動等に照らして単なる冗談とも思われず、不快かつ恐怖感を持った。
(二) 原告のセクハラ行為の性質
前記(一)の七つの行為を概観すれば、概ね次のような性質を看取できる。
(1) 対象が比較的特定されていること
原告の職場は三〇名の社員を擁する職場であって、内一五名は女性社員であるが、原告の本件行為は職場の多数の女性社員に対して等しく行ったものではなく、その中の特定の女性社員に対して反復執拗に行ったものである。仮に原告主張のように、部下の「労を労う」等のため行ったものであるとすれば、それは全員に対して同様に行われるというのが当然というべきである。本件において、原告がセクハラの対象としたのはその内の僅か七、八名の女性社員にすぎないのである。しかもその対象とされた女性社員は、その業務面においても、その地位においても特に原告が他の社員をおいて「労を労う」などという業務上の必要性や性格などをもつものではない。
(2) その行為は執拗に行われていること
前記(一)(4)イのように、相手が原告との同席を避けようと努めていることが客観的にも十分認識しうる状態にもかかわらず、敢えてこれを無視して半ば強制的に対象の女性社員を追いつめようとする意図がありありとしている。このような原告の行為には随所に相手方の意向を無視してまで、自己の目的を達成せんとする異様なまでの執着性が看取される。
(3) その行為が反復して行われていること
原告の女性社員への「食事への勧誘」は単に一回のみに止まらず、あらゆる機会をとらえて反復して行われ、更には「出張への同行」などと更に強化されていくのである。本来部下社員との面接は人事考課の関係上、年二回行われており、それ以外に更に被害女性社員との間に面会の機会を設ける業務上の必要性は乏しく、仮に「労い」のためであるというならば、その回数も一、二回に止まり、しかも相手方との単独の会見を求める必要性など全く存在しない。
(4) 「食事の勧誘」などの行為は内密に行われていること
原告がいうように前記行為が部下に対する労いのためであったとするならば、職場で順番を定めて行うなど少なくとも公共の場で行われるのが通常であろう。本件各行為は、他の社員が席を立って被害女性社員と二人きりになった時とか、またはそれに近い状態で、あるいは「周りに聞こえないような小さな声で」誘ったり、外部の目を恐れて極力二人きりの時間を利用しようとする意思が認められるのである。この事実は原告に隠された意図が存在することを雄弁に物語るものである。
(5) 原告の行動にはセクハラの意図が陰に陽に秘匿されていること
原告がB子に送った電子メールからは、原告が性的興味を露骨に示してB子を勧誘したものであることが明白である。
(6) 原告の行為は女性一般としても当然に不快とするものである
被害者たる女性社員は、原告の行った前記行為に対して不快感ないし嫌悪感を再三にわたって抱いていたのであるが、右の不快感は被害女性社員だけの特別の感情ではなく、一般の女性であれば等しく不快感を感ずる行為である。
(三) 解雇相当性
(1)ア 被告は、親会社である米国のF社の基本方針に従って、社員が業務を遂行していく上で求められる考え方や方法について、一般的指針(「従業員行動指針」)を作成し、全社員に配布している。その中の「良好な雇用関係の維持」の項には、「……従業員は業務や職場環境についてのどんな事でも管理職者に相談できますが、相談することによって会社から差別や嫌がらせ等を受けない職場……を提供します。」と述べている。本件解雇ももとよりこの従業員行動指針に則ったものである。いやしくも、本来嫌がらせ等の相談窓口であり、かつ、当該防止の第一義的責任者であるはずの原告が、かような行為を行ったことに対して、被告がその責務を全うすることはやむを得ない措置なのである。
なお、被告は、平成九年六月一日全社員に配付した「社員行動指針」において、セクハラに対する被告の厳しい姿勢をより明確にした。
イ また、本件解雇の前、原告は当時の部下(S社員)をセクハラを理由に退職させたこともあった。当該部下も女性社員に対してセクハラを行っていたのであったが、これを重く見た被告とその意を体した原告が彼の行為に厳しく対応して任意退職の勧奨をし最終的にはS社員が退職したという事案であった。その際の対応を通して、原告は被告のセクハラに対する厳格な姿勢を十二分に承知していたはずである。
(2) 被告の基本方針であるセクハラのない職場環境の維持・向上に第一義的に責任をおうべき管理職(特に多数の女性社員を部下として持つ管理職)である原告の前記所為は、職場の女性社員らに著しい不快感を募らせたばかりでなく、原告が彼女らの上司であることもあって、時には恐怖心すら感じさせたのである。また、被告は原告の平成八年一一月一日のセクハラ事実の確認及び退職勧奨に先立ち、同年一〇月一八日、関根部長を通じて原告のセクハラ行為を問い合わせ、「もし本当のことなら、重大な問題となる恐れもあります。」と注意を促した。これに対して同月二一日、原告はB子に対し、「人事部より注意を受けたが、まさかあなたではないですよね。」と反省の色を見せず詰問し、犯人探しをする程であった。
このように、原告のセクハラは、原告の職場のみならず、会社全体の秩序を著しく乱すことになったので、被告が、原告との雇用関係を維持することは到底不可能と判断するに至ったことはやむを得ないことである。
2 本件解雇の有効性・適法性
(一) 解雇手続の適正
解雇手続は、次のとおり、適正に行われた。
(1) 平成八年一〇月四日、労働組合(F製薬ユニオン)より口頭で、また、同月一四日には文書で、原告に関し、女性組合員に対するセクハラの事実があり、そのため職場環境が悪化していることを申し述べ、至急調査の上、然るべき措置を取るよう要求があったため丸山部長が調査したところ、次の四類型のセクハラ事実が判明した。
① 執拗にデートに誘う(C子、D子、E子、B子)。
② 業務にかこつけた個人面談を行い、その際、「六年半もアプローチしているのに冷たいね」等と交際を迫った(C子)。
③ 担当者でない部下に業務出張を命じ、これに同行し「同じ部屋に泊まろう」等と強要する(F子、E子)。
④ 部下の男性社員に、「俺に女を紹介したら管理職にしてやる」、「夜だけ相手をしてくれる会社の女を紹介しろ」と唆す(長谷川、丸山社員)。
(2) 被告の人事担当役員である高松常務、丸山部長、関根部長及び安部マネージャーは、調査結果を直接確認するため、同年一一月一日午前一一時ころ、中会議室に原告を呼んだ。
説明にあたっては、原告のためにもある程度事実関係を特定し説明する必要があるが、一方では、被害を訴える女性社員らは一様に原告からの報復を極度に恐れていることもあって、個人名を挙げることに強い抵抗感を示していたことを考慮し、特定の個人名を明らかにしないまま前記四類型に分類して、それぞれについて原告の釈明を聞くこととした。
①類型について原告は、女性社員を何回か食事に誘ったこと、その際「デート」という言葉を使ったこともあることを認めた上で、その目的は専ら部下の労を労うことにあったのであり、常に二人きりを意図したわけではないと弁明した。これに対して丸山部長から、「誘われた女性社員は皆非常に嫌がっていたということですが。」と問い質すと、「そう思われていたんですか。でも二人きりのデートというのは一回も実現していませんよ。」と回答した。
②類型の説明に対して原告は、即座に「ああC子さんですね。」と言ったきり絶句してしまった。
③類型については、具体例として、平成八年五月末に開催された日本化学療法学会に係わる鹿児島出張を挙げると、原告は直ちに事情を理解し、「でも結局は私一人で出張しました。」と弁明した。
④類型について原告は、「そのようなことは言っていない。」と、初めて指摘したこと自体を正面から否定した。
(3) その後、高松常務が、自ら選んだという形で退職して貰うのがいいのではないかと申し述べたところ、原告は三、四分考え込んでいたが、その後静かに「判りました。」と述べて退席した。
(4) 同年一一月五日、名古屋管理職ユニオンから原告が同ユニオンへ加入する旨の通知書と原告の「解雇問題」(申入書の表示)についての団体交渉申入書がファックスで送信されてきたため、安部マネージャーが、電話で原告に対し、自ら退職する意思があるのかどうかについて質した。ところが原告は、自発的な退職については極めて消極的な態度をとった。
(5) そこで、被告は懲戒手続を進めることとし、同月一五日、原告に対し、同月二一日午後四時三〇分から本杜重役会議室において原告にかかわる懲戒委員会を開催すること及び懲戒委員会規程により、原告が必要と判断する場合には、弁護人として社員一名を出席させることができること並びに懲戒対象者・弁護人の出席がなくても懲戒委員会を開催することができる旨を記載した通知文書を発送した。
(6) 同月二一日、懲戒委員会がもたれ、審議の結果、管理職として職場秩序の維持に専心しなければならないはずの原告が、その責務を放榔し、自らセクハラを行って職場秩序を著しく乱したことは、就業規則上、懲戒解雇が相当であると決定したが、原告の将来等を考慮し、同月二五日付けで通常解雇とすることが至当であることを社長に上申した。社長はその上申を容れ、懲戒委員会の決定どおりの同月二五日付けで通常解雇にすることが最終的に決定された。なお、原告もその弁護人も懲戒委員会に出席しなかった。
(7) 同月二二日、被告は、原告に対し、原告を同月二五日付けで通常解雇する旨の解雇通知書を内容証明郵便で発送し、同書面は同月二三日原告に送達された。なお、同月二五日までの給与並びに法令及び就業規則に基づく所定の解雇予告手当金(金七三万三五〇〇円)及び退職金(金一〇八八万五二〇〇円)を、原告の給与口座に振り込み支払った。
(8) なお、被告は、同月一九日及び同年一二月一三日に名古屋管理職ユニオンとの団体交渉に応じた。
(二) 他の動機の不存在
原告はリストラのために原告を解雇したと主張するが、被告は、本件解雇当時リストラなどしておらず、リストラのために解雇したのではない。
四 原告の主張
1 解雇事由の不存在
(一) 具体的セクハラ行為の不存在
(1) A子に対するものについて
原告が部下を食事に誘うのは、仕事に対する労い、あるいは良好なコミュニケーションを図るためであって、特定の女性を狙ってしたものではない。
また、「デートしよう。」という言葉を使った意識はないが、使ったとしても、「待ち合わせて(食事でもしよう)」という意味である。
(2) B子に対するものについて
ア B子の社内電子メールのアドレスが原告のパソコンに残ったのは、B子の方から原告へ電子メールを送信してきたからである。これに対して原告は返礼の意味で、パソコン機能の「返信」を使い、挨拶の言葉を返した。これが交互に続き、原告はB子の文章に合わせてやり取りをしたまでで、この間にはB子からプレゼントですと言って外国向けのマイルドセブンが届き、それには付箋用紙で「好きです。愛を込めて。」というものも添付してあった。このような流れから、原告の「今すぐ……好きだから。」という文章に繋がっただけである。B子は原告を受け入れ、積極的であり、原告とのやり取りを楽しんでいたといえる。したがって、セクハラには当たらない。
イ B子を食事に誘ったことは事実であり、その誘いに対してB子が応じてくれたので実際二人で食事に行った。しかし、原告はあまり東京の地理に詳しくないため、B子に行き先を任せて食事をしただけであり、その間B子の手に触れるようなことも絶対なく、ましてや「今から私の家に来ないか。」等の言葉も発していない。
(3) C子に対するものについて
ア C子が名古屋に出張した際に食事に誘った記憶はないが、そのような事実があったとしたら、先輩としての、出張に来た人に対する礼儀としてしたものである。
イ 原告がC子の身体をなぞるようなしぐさをして「グラマー」と言った事実はない。
ウ 個人面談は、臨床開発部門全体の配置人員を見直すよう原告の上司であるドゥーガン常務から各責任者に命令された際、所属部署についての部下の希望を聞くために実施したものである。その際、C子に対する面談も実施したが、面談終了後、席を立ちながら「一度、食事でも行こうか?」「都合が悪いです。」「そう。そう言えば六年位前にも誘ったけど、実現しないね。」という会話があっただけである。六年前についても、原告が本社に勤務していた二年の間に二度ほど「一度、食事でも行こうか?」と誘ったが、いずれも「都合が悪いです。」「そうですか。」で終わっていたものであり、六年間も執拗につけ狙っていたわけではない。
(4) D子に対するものについて
D子を誘ったのは、皆を労うために有志で食事に行った際などに、いつもD子が来られなかったこと、原告の業務の中ではかなりの量の英語文書を作成する必要があったが、業務が多忙を極めていたため、一部の英文作成あるいは手直しをアメリカ留学の経験を持つと聞かされていたD子に何度か依頼したことがあること、D子は他のグループに移りたいと希望していると聞かされていたが、その希望をかなえることができていなかったことなどの理由があるからで、D子を狙って誘ったわけではなく、ましてや執拗に誘ったことはない。
(5) E子に対するものについて
ア 原告は、E子の恋人のことも知っており二人の仲がうまくいくよう手伝うつもりで話でも聞こうと考え、「食事でも行こうか?」と誘ったことはある。数回誘ったが、断られたため、これ以上は失礼であると考え、それ以上の誘いはしていない。
イ 「昨日は……燃えたのか?」等の発言はしていない。明らかな虚偽である。
ウ 鹿児島で開催された化学療法学会の件については、原告は、今後の業務のために部下の誰かを出席させておきたいと考え、DA(データ解析)グループの中でこの学会内容に関係すると考えたM社員(男性)、N社員(女性、平成三年入社、E子と席は隣合わせ)及びE子に「鹿児島市で開催される日本化学療法学会に出張しないか?」と声を掛けた。この三人とも「仕事の都合が付かないから」と辞退したため、原告は一人で出張した。N社員及びE子に声を掛けた際に、冗談で「同じホテルを取ろうか?」と言ったが、他の部下たちも周りにいる二人の席に出向いて言ったことで、執拗に迫ったわけではなく、強要もしていない。
(6) F子に対するものについて
原告が「私に特に用事はない。遊びだよ。金髪を見に行くんだ。」と述べたというのは虚偽である。原告がF子に同行しようとしたのは、アメリカのコンピューター・システムを担当している責任者から原告に対して、是非早く一度会いたいので、アメリカへ来てほしいと、招待の電子メールが届いたことと、F子が、自分の英会話能力に不安があるため、是非同行してほしいと原告に希望したためである。しかし、ドゥーガン常務から許可されなかったので、アメリカの責任者へ電子メールを送り、F子のサポートをお願いしている。
(7) その他のセクハラ的言動について
被告が主張する事実はなく、すべて捏造されたものである。
この事実を含め、原告の部下らがセクハラの事実を捏造したのは、次の理由による。すなわち、原告がデータマネジメント室長として本社に赴任した平成八年四月当時、部下である社員はフレックス・タイム制度があるとは言いながら、昼ころ出社する者がいたり、無断で欠勤したり、あまり必要でもない残業を続けるなど勤務態度が乱れていた。原告は、これを改めるよう指導し続けたが、この指導あるいは注意に不満を持ち、部下が二度にわたり労働組合に苦情を訴え、上司である原告を排斥しようとしたが、これが奏功しなかったために、部下の数人が共謀して原告のセクハラを作り出し、改めて労働組合に苦情を訴えたのである。
(二) 行為の性質等について
違法なセクハラに当たるかどうかは、(1)行為の性質、形態、(2)行為の反復、継続性、(3)行為の主体、(4)行為が行われた状況、(5)被害者の対応を総合して判断するべきであり、次に述べるところを総合勘案すると、原告の言動は、違法なセクハラと判断され得る実体を持ったものではないことが明らかである。
(1) 行為の性質、形態について
原告の女性社員に対する行動は、発言によるものばかりである。相手の身体に触れるなど、直接の行動によるものは一切ない。発言にとどまるものの方が行為としての悪質性、重大性は小さい。また、発言においても、単なる性的ジョークやからかいよりも、直接、性的関係を強要するようなものは、その内容、形態において女性に与える苦痛はより大きいといえるであろうが、原告の発言は右のいずれにも当たらない。
(2) 行為の反復、継続性について
一般に、職場においてであれ、性的なジョークやからかい、デートへの誘い、あるいは個人の私生活に関する性的質問などについては、それらがわずか数回あるいは短期間行われた限りでは、その言動の相手となった女性被用者の労働環境や業務遂行に悪質、重大な影響を及ぼしたとして違法性を容認し得ない。被告は、原告が女性社員を執拗に食事やデートに誘ったと主張するが、各自に対し数回ずつであり、執拗であったとはいえない。
(3) 行為の主体について
行為者が、いわゆる人事権を有した管理職である場合、しかも、女性被用者に対する直属の上司であるような場合には、その発言や行動は部下である女性にとって、同僚の男性やその他の第三者により行われる場合などよりも実際上、より大きな影響力をもつことが多く、違法性が認められやすい。
しかし、原告は人事権を有した管理職ではない。また、上司であった時期でも、同僚の男性による言動よりも大きな影響をもつことが多かったとはいえない。なぜなら、原告はC子にもD子にも食事等の誘いをすべて断られ、E子にも食事の誘いも化学療法学会への出席の要望もすべて断られているからである。このことはまた、原告が上司として指示したり、強要したりするものでは全くなかったことを示している。
(4) 行為が行われた状況について
原告は、食事等の誘いを特定の個人に対してだけ行ったのではなく、男性社員にも気を遺って声を掛けている。また、原告の食事等への誘いは、大勢の社員の面前やまだ付近に社員が仕事をしている所で行われたものである。
(5) 被害者の対応について
B子の対応は、原告との電子メールのやり取り等から見て、同人にとって嫌なものではなかったもの、むしろ本人が望んだりした結果の行為と解されるものであるといえる。
2 本件解雇の無効性・違法性
本件解雇は、前記のとおり、解雇事由がなく無効・違法であるが、仮に解雇事由があったとしても、次の理由で、無効・違法である
(一) 適正手続違反
平成八年一一月一日、被告が高松常務、丸山部長らによって原告に対し行った調査は、①尋ねる対象である具体的事実を告げず告知義務に違反している点、②具体的な事実の告知が、被質問者に、十分な弁明を出来るだけの時間的余裕を持って、事前になされていない点、③原告に十分な弁明の機会を与えていない点で、刑事手続における基本的人権を原則的に保障する憲法三一条の適正手続の要請に明らかに反し、民法九〇条の公序則に違反するものであるから、本件解雇は適正手続違反により無効である。
(二) 二重解雇
任意退職しなければ懲戒解雇になるとの高松常務の発言、同常務の安部マネージャーに問いかけた、解雇予告は一一月三〇日までだなと確認した発言、及び被告が原告の自宅に「貴殿の一一月末日付けの退職について」と記載した書面を送付したことからみて、平成八年一一月一日の高松常務による原告への被告会社の意向の伝達は、無方式の退職勧奨の形を取っているが、実質的に同月三〇日をもって解雇する旨の労働基準法二〇条一項の解雇予告以外の何ものでもない。被告は、平成八年一一月一日に、原告に対し解雇の通告をしたものである。
しかるに、被告は、同月二二日付けで原告に解雇日を一一月二五日に変更して、二重に解雇の通告をしたものである。労働者にとって、極めて重大な解雇の通告をこのように不安定で恣意的に行うのは憲法二八条、二五条、民法九〇条に違反し、いずれの解雇も無効である。
(三) 不当労働行為
被告は、原告が加入した名古屋管理職ユニオンによる団体交渉の要求に応じないまま、懲戒委員会開催通知を原告に送り、同ユニオンの再三の請求にも拘らず、あくまで原告の非違行為とされるセクハラの具体的事実は明らかにせず、同ユニオンの人選による弁護人の出席を拒否し、懲戒委員会の開催を強行して実質的に原告を懲戒解雇とした。このような解雇は、憲法二八条、労働組合法七条一号、民法九〇条に違反し無効である。
(四) 相当性の原則違反
被告は原告を実質的に懲戒解雇としたものであるが、原告に関する情状を適切に酌量しないで、重すぎる量刑をしたもので、懲戒権を濫用したものであり、解雇は無効である。まず、原告がセクハラを働いたのだとしても、その行為の重大性、悪質性の程度は極めて低い。原告はデータマネジメント室長として赴任以来、部下の従業員の勤務態度の乱れを改善すべく、必死に努力し、一定の成果を挙げており、被告に貢献している。入社以来一五年間、誠実に働いてきたものであり、原告の能力は被告からも相当に評価されていた。もちろん、前に一度も懲戒処分を受けたことはない。被告が原告についてのよくない噂をある程度把握していたのなら、女性が多数を占める部門の長に任命した被告にも人事管理面の不用意な点に責められるべきものがあると言える。行為の重大性、悪質性が極めて低いこととも関連することであるが、いきなり解雇ではなく、まず譴責等の軽い処分にとどめ、それでも改まらない場合に、次の重い処分へと進むという配慮がなされて然るべきである。
(五) 他の動機の存在
被告は、本件解雇のおよそ二年前から全社的にリストラを進めていた。被告は、労働組合に苦情を訴えられた管理職である原告をリストラの格好の対象ととらえ、セクハラを口実として解雇したものである。
3 原告の賃金及び損害
(一) 本件解雇当時の原告の月例給与は七三万三五〇〇円であった。
(二) 原告は、被告の違法な解雇により、名誉を著しく傷つけられ、精神的苦痛を被った。その損害は一〇〇〇万円を下らないところ、内金五〇〇万円を慰謝料として請求する。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
1 原告の女性社員に対する言動等
(一) A子に対する言動等
(1) 平成八年四月、原告は、本社データマネジメント室長を命ぜられ、名古屋から単身で東京に赴任した。当時、同室に所属する社員は三〇名で、うち一五名が女性であったが、原告の赴任後、同室社員の間には、原告が「デートしよう。」「食事に行こう。」と言って女性社員を誘う、女性社員は原告と二人きりにならないよう注意しようという会話が交わされるようになった。
(2) A子はデータマネジメント室所属の社員であり、他の社員から右のような話を聞いていたところ、同人自身も、職場で近くに人がいないという状況のときに、原告から「デートしよう。」と誘われたため、敢えて遠くの同僚にも聞こえるような大声で「それは業務命令ですか。何で私が室長とデートしなければいけないのですか。」と答えた。その後、A子が原告から食事等に誘われることはなかった。
(二) B子に対する言動
(1) B子(当時二七歳、独身)は、平成八年一月から株式会社パソナソフトバンクから派遣されている派遣社員であったが、同年八月ころから、勤務時間中に原告から食事に誘われるようになった。また、そのころ、B子が職務上、原告に社内電子メールを送る機会があったが、その後、原告からB子に電子メールが送られるようになり、B子は電子メールでも食事に誘われた。B子には当時婚約者があり、対応に困って派遣元の営業担当者に相談したが、「適当にかわしなさい。」と言われる程度にとどまったので、電子メールでのやり取りを拒むことができなかった。
(2) 同年九月一八日、B子は、事前に婚約者に事情を説明した上で、原告の誘いに応じて、銀座で一緒に食事をした。食事後、原告は「今から私の家に来ないか。」と誘ったが、B子は口実を見つけて断った。なお、原告は、当日の飲食代金を、取引先との飲食と偽って被告に申告し、被告から支払を受けた。
(3) 翌一九日、原告とB子との間に次のような電子メールが交わされた。
B子 「昨日はごちそう様でした。いつもいつもすみません。また、私のワガママで、わざわざ銀座までお供頂きまして有難うございました。楽しかったです。」
原告 「こちらこそ無理をお願いしました。ありがとう。おかげで楽しい時間を過ごせました。But!彼のことではかなりショックを受けました。貴方みたいな素敵な人に恋人がいないことの方がおかしいのにネ。」
B子 「あらっ!どーしてそんなにショックだったのですか?ボーイフレンドは沢山いたほうがいいと思いませんか?(あくまでもボーイフレンドですから誤解のないよう……。)A野さんだって沢山ガールフレンドがいるでしょう??(ジェントルマンだからいない訳がないですよねぇ~)昨日、お話し忘れたのですが、以前、ヘルプデスクの若干一名がこんなことを言っていました。「B子さんのところのボス(A野さんのこと)の方って、バスローブにブランデーグラスをかざして、豪華なソファーに座ってるってイメージだよねぇ!!」と……。なんだかよく意味わからなかったのですが、要するにキザなジェントルマンって感じだと思います。ヒュ~ヒュ~って感じですよ!!」
原告 「非常に残念なことなのですが、全くいないのです。それよりも、昨晩は眠れなくて、今朝もかなり早く出勤してしまいました。今すぐにでも貴方を抱きたい。すごいことを書いてしまいましたが、本音。好きだから。破廉恥で大変失礼だとお思いでしょうが……。これで嫌われてしまいますネ?」
(4) 翌日以降も、電子メールでのやり取りは続いたが、B子は、同年一〇月一七日ころからは、同じヘルプデスクの名取美幸と内田いずみの協力を得て、各人のイニシャルを繋げたMIHという名前で三名で対応するようになった。
(三) C子に対する言動
(1) 原告は平成三年三月から二年間の本社第二臨床開発部臨床開発担当課長当時、部署の異なる第三臨床開発部のC子(平成八年当時二九歳、独身)を数度食事に誘ったが、C子はこれを断った。平成五年三月に原告が名古屋に転勤になった後、C子が名古屋に出張した際にも原告は、「食事に行こう。」「名古屋を案内してあげる。」等と誘ったが、C子はこれも断った。
(2) 平成八年四月、原告がC子の上司としてデータマネジメント室長に赴任したが、夏になりC子が身体の線が出るような服装をしていたところ、原告は、C子の正面で空中にC子の身体をなぞるようなしぐさ(胸は広く、胴はすぼめて、腰は広げるような恰好)をしつつ「グラマー」と小声で言った。
(3) 平成八年九月、原告は部下を呼んで一対一の面接を行った。その一環としてC子に対する面接を行った際、原告は、仕事で困っていることはないかと尋ね、C子が特に問題はない旨答えると、次に、「僕は六年半越しでアプローチしているのに君は全然相手にしてくれないね。」「皆に(同じことを)言っていると思っているんでしょう?」と言った。C子が「そうじゃないんですか?」と言うと、原告は辺りを見渡してから低い声で「違う、君だけに言っているんだ。」と言った。これを聞いたC子は、不快感を感じた。
(4) また、原告は、出張に出る際、C子に対し、「一週間会えなくて寂しいけど……」などと話しかけたことがあり、C子はこれに対しても不快感を感じた。
(四) D子に対する言動
(1) D子(当時二七歳、独身)は、平成八年四月から原告の部下となったが、データマネジメント室所属のF子その他の女性から、決して原告と二人だけにならないようにと助言されていた。
(2) しかし、原告が、仕事の進行状況を確認する様子でD子に近づき、D子の進行状況の説明を聞く様子もなく、突然「ところで、お茶でも飲みに行きませんか。」と誘うなどしたため、D子は、原告の誘いに神経を使いストレスを感じていた。
(3) また、ジプラシドン(精神病の薬剤)の研究会が都内のホテルで開催された際、原告はD子に「一緒に行こう。」と誘ったが、D子は、当該研究会への参加者は同じ部署のみならず他の部署からも多く、何故自分が誘われ、原告と一緒に行かなければならないのかと奇異に感じるとともに、困惑し、同じデータマネジメント室の同僚女性に事情を説明のうえ、同行を要請した。
(4) 平成八年七月中旬の午後八時ころ、D子は自席のそばの作業台付近の本棚のところでVAXシステムのマニュアルを調べていた。その付近のシステムグループの者は全員席を外していた。すると、原告がD子に近づき、「いつも食事はどうしているんですか。」と尋ねた。D子が「なるべく自分の家で作るようにしているんですが、時々はコンビニで買って帰ります。」と答えると、原告は、「よかったら食事に行きませんか。」と誘った。D子は断る理由を考え、向僚の鶴見に質問があることを思い出したため、「鶴見さんに質問しなければならないことがまだ残っていますので、戻られるまで待っています。その答えによっては何時間かかるかわかりません。」と言って断ったが、原告は、「いいよ。そんな残業なんか。いいから帰ろうよ。」「どのくらい時間がかかるの。」と尋ねたうえで、「待っているから。」と言って自席に戻った。それ以後、D子はどうしたら原告が諦めてくれるかに気をとられ、仕事に集中できなくなった。午後九時ころ鶴見が戻ったので質問をし、仕事を続けたが、なお原告が待っていたので、D子は、原告の席に行き、「まだ一時間以上かかりそうです。」と言って、誘いを断った。
(5) 同年九月中旬ころ、D子が原告に書類の決裁印を貰いに原告席に行った際、原告はD子に対し、「ごくろうさま。食事に行く約束待っててね。二人でデートしようね。」と言った。D子は、前記(4)の誘いを思い出し、「あれ一回で終わりじゃなかったのか、まだ続いているんだ。まだ忘れていないんだ。どうしよう。」と困惑し、返答に窮した。すると、原告は急に恐い顔をして、「君は嫌かもしれないけどね。」と言った。このためD子は非常な苦痛を感じた。
(五) E子に対する言動
(1) E子(当時二八歳、独身)は、平成六年九月からデータマネジメント室に所属していたが、平成八年四月に原告が直属の上司として赴任してきて以来、数回原告から「二人で食事に行こう。」と誘われた。E子はその都度断った。原告は、E子が同年九月末日付けの退職届を原告に提出した際にも、「食事に行こう。」「辞めた後でもいいよ。」と誘った。
(2) E子には名古屋に恋人がいたが、その者が名古屋地域担当マネージャー時代の原告の部下であった関係で、原告は、E子と恋人の関係を知っていた。
休日明けのある日、原告は、E子に対し、「昨日は(恋人に)会っていただろう。燃えたのか?」などと言った。E子は、個人のプライバシーに踏み込まれたと感じ、原告の人間性を疑った。
(3) 平成八年五月に鹿児島で化学療法学会が開催された際、E子は、原告から「自分と一緒に出張するように。」と言われ、更に「二人で宿をとろうよ。」とも言われた。E子がこれを断ったため、原告は一人で出張した。
(六) F子に対する言動
F子(当時三五歳、独身)は、平成八年九月下旬、アメリカ(コネチカット州)のグロトンにある被告の親会社の中央研究所へ単身出張するよう命令された。ところが、原告が「自分も同行するよ。」と言い出したため、F子がその理由を尋ねたところ、原告は「私に特に用事はない。遊びだよ。金髪を見に行くんだ。」などと答え、F子に対し、「常務は出張中だから今のうちに早く日程をアレンジしておくように。」と指示した。F子は、原告に関する噂を聞いていたので、困惑し同僚社員に相談した。結局、研究開発部門を統括するドゥーガン常務の判断で、F子は単身で出張することとなった。
(七) その他の言動
原告は、部下であった長谷川に対し、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」という趣旨のことを言い、同様に、丸山社員(三五歳、既婚)に対しても、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれ。」という趣旨のことを言った。
2 本件解雇に至る経緯等
(一) 平成八年一〇月四日、社内労組であるF製薬ユニオンが、被告に対し、原告が女性組合員に対しセクハラ行為を行っており、被害者の心身の健康に著しく害を及ぼし、職場全体に混乱と甚だしい生産の低下を来しているとして、事実関係を把握して厳しい対応を取るよう口頭で要求し、同月一四日には文書で改めて要求した。そこで、高松常務は、丸山部長に事実関係の調査を命じた。
(二) また、高松常務は、同月一八日(金曜日)、関根部長に、原告から事実を確認し、真否はともかく行動を慎むよう注意するよう指示した。関根部長は、原告に対し、セクハラの噂があることを告げ、「もし本当のことなら、重大な問題となる恐れもあります。」と注意を促した。原告は、「誤解を受ける言動があったかもしれないので、以後気をつけます。」と答えた。
しかし、原告は、同月二一日(月曜日)になり、関根部長に対し、「やはりセクハラのようなことはしていない。」と述べた。また、同日、原告はB子に対し、「人事部より注意を受けたが、まさかあなたではないですよね。」と尋ねた。
(三)(1) 調査の結果、高松常務らは、原告に次の四類型のセクハラ行為があった疑いが強いと認識するに至った。
① 執拗にデートに誘う(C子、D子、E子、B子)。
② 業務にかこつけた個人面談を行い、その際、「六年半もアプローチしているのに冷たいね。」等と交際を迫った(C子)。
③ 担当者でない部下に業務出張を命じ、これに同行し「同じ部屋に泊まろう。」等と強要する(F子、E子)。
④ 部下の男性社員に、「俺に女を紹介したら管理職にしてやる。」「夜だけ相手をしてくれる会社の女を紹介しろ。」と唆す(長谷川、丸山社員)。
(2) そこで、高松常務、丸山部長、関根部長及び安部マネージャーは、調査結果を直接確認するため、同年一一月一日午前一一時ころ、中会議室に原告を呼び、丸山部長において、前記四類型について、具体名は出さずに、順次原告に説明し、原告の釈明を求めた。
(3) これに対する原告の釈明等は次のようなものであった。
①類型について原告は、女性社員を何回か食事に誘ったこと、その際「デート」という言葉を使ったこともあることを認めた上で、その目的は専ら部下の労を労うことにあったのであり、二人きりを意図したわけではないと弁明した。これに対して丸山部長が「誘われた女性社員は皆非常に嫌がっていたということですが。」と問い質すと、原告は、「そう思われていたんですか。でも二人きりのデートというのは一回も実現していませんよ。」と回答した。
②類型の説明を聞いた原告は、「C子さんですか。」とだけ言い、否定も弁明もしなかった。
③類型について、丸山部長が、具体例として、平成八年五月末に開催された日本化学療法学会に係わる鹿児島出張を挙げると、原告は、「でも結局は私一人で出張しました。」と弁明した。
④類型について原告は、「そのようなことは言っていない。」と言って、事実を否定した。
(4) 次に、関根部長が、女性に「お前が言いつけたのだろう。」と聞いていないかと問い質したが、原告は言葉を濁し、明確に答えなかった。
(5) 原告の弁明等を聞き終えた高松常務は、「原告の意図はどうであれ、少なくとも類型①から③までの基礎となった事実については君にも大綱において争いはなく、こうした事実そのものは一般にセクシャル・ハラスメントとされるべきものである。現に対象となった女性社員が原告の行為を不快・苦痛と感じており、とりわけ管理職という立場を利用して、こうした行為で職場の秩序を乱し、業務の停滞と志気の沈滞を来していることは重大問題である。」「関根部長からの注意に対して、反省するどころか、逆に告発者捜しを行うというのは言語道断である。」「被告の行動指針に照らせば、こうした行為は当然懲戒処分に相当すると考えられ、事案の内容から見て懲戒解雇というケースも否定できない。いずれの場合でも、既にセクハラの話は社内に相当程度広がっており、原告にとって当社での将来は閉ざされているといって過言ではない。この際、自らの将来のためにも自ら選んだという形で退職してもらいたい。」と述べた。
原告は数分間考えた後、「わかりました。」と述べて退席した。
(四) 被告は、原告が自発的に退職するものと考えていたが、同年一一月五日、名古屋管理職ユニオンから原告が同ユニオンへ加入する旨の通知書と団体交渉申入書がファックスで送信されてきたため、安部マネージャーが、電話で原告に対し、自ら退職する意思があるのかどうかについて質した。すると原告は、自発的に退職することに対し消極的な態度を示した。
(五) そこで、被告は懲戒手続を進めることとし、同月一五日、原告に対し、同月二一日午後四時三〇分から本杜重役会議室において原告のセクハラ行為にかかわる懲戒委員会を開催すること、原告が必要と判断する場合には、弁護人として社員一名を出席させることができること、懲戒対象者・弁護人の出席がなくても懲戒委員会を開催することができる旨を記載した通知文書を発送した。
(六) 被告は、当初名古屋管理職ユニオンと団体交渉を行うことに消極的であったが、同月一九日に同ユニオン及び原告が被告本社を訪れて団体交渉を求めたため、被告は同日団体交渉に応じ、経過等を説明した。
(七) 同月二一日、懲戒委員会が開催され、審議の結果、原告の行為は、セクハラ行為、特に職場における地位を悪用した行為であり、かつ当該行為が反復継続して行われていることによって職場環境を著しく悪化させていることから、管理職としてのみならず社員として必要な適格性を欠く、懲戒解雇に相当する行為であるが、原告の将来を考慮し、同月二五日付けで通常解雇とする旨の処分案を社長に提出した。社長はその処分案どおり、原告を同月二五日付けで通常解雇にすることとした。なお、原告もその弁護人も懲戒委員会に出席しなかった。
(八) 同月二二日、被告は、原告に対し、原告を同月二五日付けで通常解雇する旨の解雇通知書を内容証明郵便で発送し、同書面は同月二三日原告に送達された。また、被告は、同月二五日までの給与、解雇予告手当及び退職金(会社都合として一〇八八万五二〇〇円)を、原告の給与口座に振り込み支払った。
(九) 被告と名古屋管理職ユニオンとの団体交渉は、同年一二月一三日にも行われた。
その後、同ユニオンは、C子の自宅に、報告書の作成を求め、末尾に「最後に申し添えておきますが、もし、この報告書が私の手元に届かなかったり、事実を押し曲げたりした内容であったならば、私共は貴女に対して厳しい態度をもって臨まなければなりません。A野さんが受けた屈辱の、二倍、三倍にして報復します。貴女が海外に脱出しようと、地の果てまでも追いかけて報復することを付言致します。」と記載した文書を送りつけた。この文書の送付に当たり、原告は、同ユニオンに、C子の氏名と住所を知らせ、また文書の作成に立ち会った。この文書の末尾を見たC子は、この文章がまさに原告であり、これが恐かったのだと言って、ひどく怯えた。
被告がこの文書について同ユニオン及びその上部組織に抗議した結果、上部組織から同ユニオンに対し指導が行われ、結局、同ユニオンは本件解雇問題から手を引くこととなった。
3 セクハラ行為に対する被告の姿勢等
(一) 被告は、米国のF社の子会社であるが、親会社の会長兼最高経営責任者は、平成六年一月一日付け「企業方針について」と題する文書において、セクハラを含む嫌がらせのない職場を提供することが会社の方針である旨を示した。
また、被告は、平成八年九月一日「従業員行動指針」を作成し全社員に配布したが、その中の「良好な雇用関係の維持」の項には、「F製薬は、良き雇用者として従業員が意欲をもって業務に取り組める職場環境の維持改善に努めます。採用・雇用に当たっては、国籍、人種、宗教、性別、年齢、身体的特徴、性的嗜好等による不当な差別を行うことなく、職務遂行能力にそった処遇を行い、従業員個人の成長と昇進について均等な機会を創出・提供します。そして、各職場における不満や問題の解消に積極的に取り組み、従業員の業務における健康と安全を守る職場環境の確保に努めます。従業員は業務や職場環境についてのどんな事でも管理職者に相談できますが、相談することによって会社から差別や嫌がらせ等を受けない職場、また非合法薬の使用やアルコールの乱用のない職場を提供します。この原則実践の第一義的責任は、部下を預かる管理職者にあります。F製薬に働く各個人の建設的な意見が職制を通じて雇用政策に反映されることが、明るく健全な職場環境をつくる基本です。」と記載されていた。
なお、本件解雇後の平成九年六月一日には、被告は、右従業員行動指針を改訂した「社員行動指針」を全社員に配布し、セクハラを含む嫌がらせに対する被告の厳しい姿勢を更に明確化した。
(二) 本件解雇に先立つ平成八年五月下旬、原告は、当時の部下(S社員)の業績不良と女性社員へのセクハラ行為により職場環境に悪い影響が出ているので、S社員に対し退職勧奨をしたい旨ドゥーガン常務に申し出、その承認を得て、同年六月一三日、S社員に退職勧奨をした。その結果、S社員は、同年八月三一日付けで被告を任意退職した。
二 原告の女性社員に対する言動等についての補足説明
1 A子に対する言動等(前記一1(一))について
原告は、部下を食事に誘うのは、仕事に対する労い、あるいは良好なコミュニケーションを図るためであって、特定の女性を狙ってしたものではない、「デートしよう。」という言葉も、「待ち含わせて(食事でもしよう)」という意味であると主張する。
しかし、「デート」という言葉は、異性と待ち合わせて会うという意味で用いられるのが、むしろ一般的であり、相手にも、異性であることを意識して誘われていると受け止められる可能性の強い表現であって、原告がそのような意識を持たずに、純粋に、上司として、仕事に対する労い、あるいは良好なコミュニケーションを図る目的で右のような誘い方をしたとは認め難い。また、原告がA子を誘った際、一対一で食事をすることが必要あるいは適切な事情があったとは認められない。
2 B子に対する言動(前記一1(二))について
(一) 原告は、B子が原告とのやり取りを楽しんでいたと主張し、交わされた電子メール(前記一1(二)(3))は、原告の主張に沿うもののように理解できなくもない。
しかし、B子が原告に対する対応に苦慮していたことを示す《証拠省略》は、具体的で信用性が高いと認められる。また、B子と原告は、派遣社員と派遣先の管理職者という力関係に顕著な開きのある関係にあり、B子が原告と対等な立場でやり取りを楽しめる状況にあったとは到底いえないこと、B子には当時婚約者がおり、他の異性との交際を積極的に望む状況にあったとも認め難いことからみても、原告の主張は採用できない。
(二) また、原告は、食事後「今から私の家に来ないか。」と言ったことを否認するが、前記証拠によれば、右発言があったと認めることができる。
3 C子に対する言動(前記一1(三))について
(一) 原告は、C子の身体をなぞるようなしぐさをして「グラマー」と言った事実を否認し、C子の陳述書は、この事実に触れていない。
しかし、C子からこの事実を聴取したとする丸山部長の陳述書及び証言は具体的で、証言態度に照らしても信憑性が高いと認められるから、同部長の陳述書等から右事実を認定することができる。
(二) 原告は、個人面談を行った際の会話についても一部争っているものの、不快感を感じたというC子のほうが会話を正確に記憶している可能性が高いというべきであるから、前記のとおり認定できるものである。
4 D子に対する言動(前記一1(四))について
原告は、D子を誘ったのは労い等のためで、同人を狙って誘ったわけではなく、ましてや執拗に誘ったことはないと主張する。
しかし、原告の誘い方が、D子にとって執拗と感じられるものであることは認定した事実から明らかである。また、原告はD子に対しても、「デート」という言葉を用いているが(前記一1(四)(5))、この言葉の用いられ方等は前記1のとおりであり、原告の主張は採用し難い。
5 E子に対する言動(前記一1(五))について
(一) 原告は、「昨日は・・燃えたのか?」と発言したことを否認し、E子自身の陳述書等もない。
しかし、関根部長がE子から事情を録取したという事情録取書は具体的で生々しいものがあること、被告が事前に原告、E子及びその恋人の三者の関係を知っていたと認めることのできる証拠等はないから、関根部長らが、E子に会うこともなく発言の事実を捏造したとは考えられないこと、被告を退職したE子が敢えて原告を陥れる虚偽の事実を申述したとも考え難いことからすれば、原告が実際に右発言をしたと認められるというべきである。
(二) 原告は、鹿児島で開催された化学療法学会の件については、N社員にも同時に声を掛けた、「同じホテルを取ろうか?」と言ったが冗談であると主張する。
しかし、N社員にも同時に声を掛けたとの点は、同社員の陳述書に照らして、たやすく信用できない。また、「二人で宿をとろうよ。」(原告のいう「同じホテルを取ろうか?」)は、原告自身が冗談であると主張するように、同じ部屋に宿泊しようという趣旨で述べられたものであると理解できる(同じ建物という趣旨であれば、当たり障りのない発言であって、冗談であると主張する必要もない。)が、冗談であるにせよ、不適切な発言であることは多言を要しない。
6 F子に対する言動(前記一1(六))について
原告は、「私に特に用事はない。遊びだよ。金髪を見に行くんだ。」と述べた事実を否認し、同行を求めたのもF子の側であると主張する。
しかし、この点に関する事情聴取書及びF子の陳述書は具体的であること、既に認定した諸事実からみて、平成八年九月下旬ころには、女性社員の原告に対する警戒感は相当強くなっており、F子自身も相当警戒していたと認められ、したがって、同人が原告に同行を求めるような状況にはなかったと認められることに照らし、原告の主張は採用し難い。
7 その他の言動(前記一1(七))について
原告は、部下が勤務時間管理に厳しい原告を排斥するためにセクハラの事実を捏造したと主張し、弁論の全趣旨によれば、原告は部下の勤務時間を厳しく管理していたと認められる。
しかし、《証拠省略》によれば、勤務時間の厳しい管理は、ドゥーガン常務が臨床開発部門全体を対象として行わせていたものであり、原告だけが突出していたとは認められないから、原告の主張を採用することは困難である。
三 争点に対する判断
1 争点1(解雇事由の存否)について
(一) 前記一の認定事実のうち、原告の、B子に対する「今すぐにでも貴方を抱きたい。……好きだから。」との電子メール、C子の身体をなぞるようなしぐさをしながらの「グラマー」という発言及びE子に対する「昨日は(恋人に)会っていただろう。燃えたのか?」「二人で宿をとろうよ。」という各発言は、いずれも直接的で露骨な性的言動であることが明らかである。相手は女性ではないが、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」というのも、明らかな性的内容の発言である。
また、前記一及び二で判示したところによれば、原告が女性社員を食事に誘ったのも、相手が異性であることを意識しての上でのものであると理解せざるを得ない。そして、原告が、平成八年四月から同年一〇月末までの間に食事に誘った具体的回数は証拠上必ずしも明確ではなく、A子に対し一回、B子、C子、D子及びE子に対し各「数回」の域(二回から、原告が本人尋問において自認する最大五回程度。ただし、お茶に誘った回数は含まれない。)を超えるものであるとは認められないが、女性社員らはいずれも対応に苦慮し、苦痛を感じていたものであり、原告もまた、B子の一回を除き女性社員らにことごとく断られているのであるから、少なくとも歓迎されていないことは認識できなければならず、現に原告自身、D子に対し、「君は嫌かもしれないけどね。」と言って、同人に嫌がられていることを感じ取っていることを示しているところである(前記一1(四)(5))。
(二) 次に、原告の言動中、C子に対する、面接実施時の「僕は六年半越しでアプローチしているのに君は全然相手にしてくれないね。」等の発言(前記一1(三)(3))、D子に対する、仕事の進行状況を確認する様子で近づいての「ところで、お茶でも飲みに行きませんか。」との誘い(前記一1(四)(2))、同じくD子が原告に書類の決裁印を貰いに原告席に行った際の「ごくろうさま。食事に行く約束待っててね。二人でデートしようね。」との発言(前記一1(四)(5))、E子に対する、「自分と一緒に出張するように。」「二人で宿をとろうよ。」との発言(前記一1(五)(3))、長谷川及び丸山社員に対する「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」等の発言(前記一1(七))は、いずれも上司として部下に接する機会に、あるいは上司としての地位を利用して行ったと評価できるものである。部下らが結果的に原告のこれらの誘い等に応ぜずにすんでいることからすると、原告が上司としての地位を前面に出し、誘い等に応じない場合の不利益を示唆してこれに応ずることを強要したということまではできないものの、相手が上司であることを認識せざるを得ない状況下での原告の各発言は、冗談と見られるものも含まれているとはいえ、部下を困惑させ、その就業環境を著しく害するものであったといわざるを得ない。
(三) そして、被告が、本件解雇以前から、セクハラを含む嫌がらせのない職場の提供、従業員が意欲をもって業務に取り組める職場環境の維持改善に努めようとし、部下を預かる管理職者を実践の第一義的責任者と位置付けていたこと、原告自身、セクハラ行為の問題性を十分認識し、セクハラ行為のあった部下に対し退職勧奨を行っていたことは前記一3のとおりであり、このような状況下にあって、三〇名の部下を有する地位にある原告が性的言動を繰り返し、部下の就業環境を著しく害したことを被告が重大視して、原告が管理職としてのみならず、従業員としても必要な適格性を欠くと判断したことには相当の理由があるというべきである。
原告が行為の性質等として主張するところ(前記第二の四1(二))のうち、以上と見解を異にする部分は、原告の言動を適切に評価していないといわざるを得ないから、これを採用することはできない。
(四) よって、原告には、就業規則六二条一項三号及び九号に該当する事由があるということができる。
2 争点2(本件解雇の有効性・適法性)について
以下、原告の主張に即して検討する。
(一) 適正手続違反との主張(前記第二の四2(一))について
平成八年一一月一日の調査の状況は、前記一2(三)のとおりであり、原告は具体的事実がどのようなものかを十分に理解し、また、当日及び懲戒委員会において十分弁明する機会もあったと認められるから、原告の主張は理由がない。
(二) 二重解雇との主張(前記第二の四2(二))について
平成八年一一月一日の高松常務の発言内容は前記一2(三)(5)のとおりであるが、これに原告が主張する事実を加味したとしても、これをもって同日被告が原告に対し解雇の通告をしたと認めることはできない。よって、原告の主張は理由がない。
(三) 不当労働行為との主張(前記第二の四2(三))について
原告が主張するところと労働組合法七条一号との関係は不明であるが、いずれにせよ、被告が名古屋管理職ユニオンとの団体交渉に応じたことは前記一2(六)及び同(九)のとおりであり、その余の点も、本件解雇を無効・違法とすべき事実であるとはいえない。
(四) 相当性の原則違反との主張(前記第二の四2(四))について
原告の従業員としての能力を被告が相当に評価していたこと、原告に懲戒処分歴がないことについては被告も争っておらず、原告を三〇人の部下を有する管理職者の地位に就けたことからも、原告の能力に対する被告の高い評価を看取することができる。これらの事実からすると、より軽微な処分を経ることなく解雇することは、いささか酷であるとの感を持たないではない。
しかし、被害を受けた者の多さ、原告の地位、セクハラに対する被告の従前からの取組みと、その中で原告が置かれていた立場、原告自身セクハラ行為をした部下に対する退職勧奨を行った経験を有し、自己の言動の問題性を十分認識し得る立場にあったこと、被告の調査に対し真摯な反省の態度を示さず、かえって告発者捜し的な行動をとったことなども考慮すると、被告が通常解雇を選択したことには合理性が認められ、被告が懲戒権あるいは解雇権を濫用したとまではいえないというべきである。
(五) 他の動機の存在との主張(前記第二の四2(五))について
原告は、本件解雇がリストラの一環として行われたものである旨主張するが、被告が本件解雇当時リストラを進めていたこと及び本件解雇がその一環として行われたことのいずれについても、原告の陳述以外に適切な証拠がなく、原告の陳述のみでは各事実を認めることはできない。よって、原告の主張は理由がない。
他に、本件解雇を無効・違法とすべき理由はないから、本件解雇は、有効・適法であるというべきである。
四 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯島健太郎)